横浜地方裁判所小田原支部 昭和37年(わ)85号 判決 1967年12月25日
被告人 館野龍次 矢島吉一
主文
被告人両名を各懲役六月に処する。
この裁判確定の日から被告人両名に対し、いずれも二年間右各刑の執行を猶予する。
訴訟費用は、全部被告人両名の連帯負担とする。
理由
(本件争議に至るまでの経緯)
国鉄労働組合(以下国労という。)は、昭和二二年六月日本国有鉄道(以下国鉄という。)職員の生活と地位の向上を図る目的で結成されたもので、国鉄職員約四〇万名中四分の三以上にあたる約三二万名の組合員を擁する多数者組合である。本件当時、国鉄当局と中央交渉をもつていた組合は、国労のほか動力車労働組合、国鉄職能別労働組合連合会および国鉄地方労働組合総連合等があつたが、これらはいずれも国労に比し組合員数が少なかつたため少数者組合とされていた。このようなことから、従来国鉄職員全体の問題につき国鉄当局と団体交渉をする場合は、まず、多数者組合である国労が少数者組合である動力車労働組合等に先立つてこれを行ない、国鉄当局との団体交渉が妥結する場合も、まず国労が妥結したのち他の組合も妥結するという労使慣行が生まれ、この慣行は長年間確立したものとされていた。
ところで、国労はかねてから国鉄当局に対し、昭和三六年度年度末手当として「基準内賃金の〇・五ケ月分プラス三〇〇〇円」の支給を要求してきたものであるが、昭和三七年三月二六日夜、国鉄当局から「基準内賃金の〇・四ケ月分プラス一、〇〇〇円」の支給案を示されたものの、これを不満として受諾しなかつたため、右交渉の妥結をみなかつたが、動力車労働組合ほか二組合は翌二七日早朝右支給案を順次受諾したことにより、これら三組合と国鉄当局との団体交渉は妥結をみるに至つた。
然るに、国労側は、これよりさき、同年三月二七日を期し争議行為に突入すべく指令を発していたものであるが、前記二六日の団体交渉において、国鉄当局に対し、国鉄当局が国労に先んじて他の少数者組合と妥結し、その結果を国労に一方的に実施することは事実上国労の団体交渉権の否認であるから、このようなことをしないで欲しい旨申し入れたところ、国鉄当局からその趣旨を十分に尊重する旨の回答がなされたので、国鉄当局との前記年度末手当の支給等に関する団体交渉はなお継続することとし、前記二七日の争議行為を中止する旨の指令を発し、争議態勢を解除したが、その解除後、国鉄当局が前記のとおり動力車労働組合ほか二組合と妥結するに至つたことから、この国鉄当局の態度は従来の労使慣行を無視し、かつ国労と妥結する以前に他の少数者組合と妥結しない旨の前記約束を踏みにじつた背信行為であるとして、国鉄当局に対し、右妥結を廃棄し、白紙にもどすよう要求したが折り合わず、国鉄当局はこれを拒否するに至つた。
そこで、国労はこの点を重視し、同月二七日中央執行委員会を開催し、種々協議した結果、国鉄当局において、右妥結を白紙にもどさない限り、国鉄当局提案の前記支給額の増額ならびに従来の労使慣行が今後十分に保障されないとの結論に達し、国鉄当局に反省を促すためとして、中央執行委員長から各地方本部委員長宛指令第二四号をもつて、「各地方本部は、三月三〇日二二時以降同月三一日八時までの間に、運輸運転関係の職場を指定し、勤務時間内二時間の 時限ストを実施する。」旨の指令を発して闘争体制を確立し、国労東京地方本部(以下東京地本という。)は右指令に基き、同月二九日同地本執行委員長野間千代三名義の指令第三四号をもつて、傘下支部である新橋・上野・八王子・横浜・国府津の各支部に対し、「三月三一日国電始発時から七時三〇分までの職場時限ストを行ない、全列車全電車に影響を与える。」旨指令し、かつ口頭で、国労国府津支部における闘争の拠点を平塚・小田原・熱海とする旨指定した。
このような闘争体制の確立したなかで、国労国府津支部はその所属組合員(以下国労組合員という。)の動員計画および神奈川地方労働組合評議会等を介し、全印刷小田原支部等小田原地区労働組合協議会(以下小田原地区労という。)加盟の二六組合に対する支援動員要請を行ない、その結果、同月三一日予定の小田原市所在東海道本線国鉄小田原駅における闘争に際し国労側からは約一八〇名の国労組合員が、また、前記二六組合からは約三〇〇名の組合員(以下支援労組員という。)がそれぞれ動員されることとなり、これらの組合員は同月三〇日夜、同駅構内貨物ホーム付近あるいは同貨物ホーム東側小田原地区労事務所前広場に続々集結し、被告人三名の指揮下に入つた。
(罪となるべき事実)
本件当時、被告人館野、同矢島および相被告人石井はいずれも国労組合員で、被告人館野は国労東京地本の総務部長、同矢島は同国府津支部の副委員長、相被告人石井は同国府津支部の教宣部長兼小田原地区労の組織部長であつたところ、被告人館野、同矢島および相被告人石井は、昭和三七年三月三〇日午後二時ごろから小田原市国府津所在国労国府津支部事務所において、ほか二名とともに前記闘争の具体策を協議した結果、同月三一日午前四時二五分前記小田原駅始発八一〇M電車の定時発車を直接ピケをはるなどして実力で阻止することとし、なお国鉄当局側が予備の運転士を確保して同運転士を右電車に乗務させてこれを運転させるような事態に立ち至つた場合には、右電車の運転をあくまで阻止するため、右電車の進路前方の線路上に多数の組合員を立ちふさがらせるとともに、同運転士を右電車運転室から車外に押し出してらつちする等の具体的方針を決定し、被告人館野が最高指揮者となり、その指示に従い、被告人矢島が国労組合員を、相被告人石井が支援労組員をそれぞれ指揮して右電車の定時発車を阻止することを申し合せ、ここに被告人館野、同矢島および相被告人石井はほか二名と共謀のうえ同月三〇日夜、国労組合員約一〇〇名および支援労組員約三〇〇名とともに国鉄当局側の立入り禁止の指定を無視して同駅構内に立ち入り、国鉄当局側の退去通告をも拒否し、前記共謀に基づいて国鉄当局側の始発電車の運転業務を阻止すべく待機していたものであるが、同月三一日午前四時ごろ国鉄当局側の業務命令を受けた田町電車区伊東電車支区所属運転士稲本勲および同伊豆沢強一の両名が、小田原駅構内下り一番線に停車中の同駅発上り八一〇M電車運転室に乗り込み、小田原駐在運輸長加藤清治の命によりその出入口および客室への通貫扉に内部からラツチをかけるとともに、パンタグラフを上げ、右稲本が運転助手席に、右伊豆沢が運転士席にそれぞれ座を占め、右電車を定刻午前四時二五分に発車させるため、ブレーキテストなどをして発車準備を完了し、さらに、これに協力して鉄道公安職員藤井一郎ほか九名および東京鉄道管理局厚生課課長補佐足立章ほか三〇名が、下り一番線プラツトホーム上に立ち並び、右運転室出入口付近を中心に警備態勢を固めていたところ、同日午前四時五分ごろ、これに気付いた被告人館野、同矢島および相被告人石井は、直ちに、同駅構内付近に待機していた国労組合員約一〇〇名および支援労組員約三〇〇名とともに同ホームを目ざして殺到し、被告人館野および同矢島は右国労組合員らと同ホームに上がり、相被告人石井は右支援労組員らと前記電車の進路前方約一・五メートルから二五メートル位の間の線路上および線路脇に立ちふさがり、被告人矢島は、同ホーム上の右国労組合員らを四列縦隊に並ばせてこれらにスクラムを組ませたうえ、右国労組合員らを指揮してデモ行進を開始し、これらと一緒に「ワツシヨワツシヨ」と気勢を挙げ、あるいは労働歌を高唱し、同ホーム上を示威しながら四、五回にわたつて渦巻デモを繰り返し、前記運転室出入口付近ホーム上にいた鉄道公安職員らを含む国鉄当局側職員らに対して体当りを敢行したが、その際、鉄道公安職員崇川良雄を押し飛ばして線路上に転落させるなどの暴行を加え、まもなく右国鉄当局側職員らをその場から排除するや、同所にいわゆるピケツトをはり、さらに、被告人矢島は、同日午前四時二〇分ごろ、右体当りの際の衝撃により、右運転室後方客室出入口の扉のガラス板がはずれたのを奇貨とし、このはずれたところから右客室を経て通貫扉のラツチをはずして右運転室に立ち入るや、直ちに、運転助手席側出入口の扉を開け、右運転助手席にいた右稲本運転士の左腕付近を抱きかかえるようにして同人を立ち上らせ、後ろからその身体を押す等して強いて同人を右運転助手席側出入口から外に押し出し、地上で待ち受けた支援労組員二名によりその両腕をとらえられるようにし、同市新玉町所在旅館「和風荘」まで右稲本を連行させ、次いで、被告人矢島の開けた右運転室運転士席側出入口から入つてきた数名の国労組合員が、運転士席付近にいた右伊豆沢運転士に対し、その後方から身体を押す等して強いて同人を右運転助手席側出入口から外に押し出し、前同様の方法で同人を前記旅館まで連行させ、その間、相被告人石井は前記線路上において、右ホーム上の被告人矢島の指揮する右国労組合員らと相呼応し、前記線路上および線路脇に立ちふさがつている右支援労組員らを指揮してこれらとともに気勢を挙げ、あるいは労働歌を高唱するなどの行為をし、被告人館野は右運転室出入口付近の前記ホーム上において、同所付近および線路上のいわゆるピケツテイングの状況を監視し、あくまでも右電車の運行を阻止すべく、被告人矢島および相被告人石井に適時指示を与える等の行為をなし、もつて、右電車の定刻発車を不能ならしめ、よつて、前同日午前六時四八分までの間威力を用いて前記運転士両名の運転業務および国鉄の電車運行業務を妨害したものである。
(証拠の標目)<省略>
(法令の適用)
法律に照らすと、被告人両名の判示所為はいずれも刑法二三四条、六〇条、罰金等臨時措置法二条、三条に各該当するので、その所定刑中いずれも懲役刑を各選択し、その各刑期の範囲内で被告人両名を懲役各六月に処し、諸般の情状に照らし刑法二五条一項一号を各適用してこの裁判確定の日から被告人両名に対し、いずれも二年間右各刑の執行を猶予し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により全部これを被告人両名に連帯して負担させることとする。
(弁護人らの主張に対する判断)
一 まず、弁護人らは公共企業体等労働関係法(以下公労法という。)一七条一項の合憲性の有無等につき次のとおり主張する。すなわち、同法条は公共企業体等の職員および組合からすべての争議権を剥奪している。しかしながら、いわゆる三公社五現業の職員が行なう職務が一律にすべての争議行為を禁止されるだけの合理的な理由があるとは考えられないこと、および争議行為禁止の代償としての現行仲裁制度が十分に機能していないことなどに照らせば、右規定はまさに日本国憲法(以下憲法という。)二八条に違反するもので、無効なものと断定せざるを得ない。したがつて、公共企業体等の職員が公労法一七条一項に違反して争議行為を行なつても違法な争議となるものではない。仮りに、同法条が合憲であるとしても、右のような争議行為の刑事責任については、(1) 政治的目的のために行なわれたような場合(2) 暴力を伴う場合(3) 社会の通念に照らして不当に長期に及ぶときのように国民生活に重大な障害をもたらす場合を除いては、労働組合法(以下労組法という。)一条二項の適用を受けるもの(最高裁判所昭和四一年一〇月二六日大法廷判決)であるから、右争議行為の目的・方法等を考慮し、その正当性の有無が判断されるべきである。この観点からすれば、被告人らの本件所為はいずれも正当な組合活動であるということができるから、被告人らに刑罰を科することは許されないものといわなければならない、というにある。
二 よつて検討するに、公労法一七条一項が合憲であることについてはすでに最高裁判所の判示(昭和三〇年六月二二日および昭和四一年一〇月二六日大法廷判決)するところであり、当裁判所も本作事案を判断するにつきこの見解にしたがうものである。従つて、右公労法一七条一項が違憲であるとする弁護人の主張はこれを採用することができない。
三 次に、公労法一七条一項に違反して争議行為を行なつた者に対する刑事責任については、弁護人指摘の前記最高裁判所判決の示すところであり、当裁判所も右の見解に賛同するものである。
そこで、前記認定の被告人らの本件所為につき右の見解に従い具体的に検討することとする。
(1) まず、目的の正当性について判断するに、国労が本件争議を行なうに至つた経過は判示のとおりであり、当面する経済的要求を中心とし、これに従来の労使慣行を無視した国鉄当局側に反省を求めるため、国労中央執行委員会および国労東京地本の指令のもとに国労国府津支部によつて実施されたものである。そして、被告人らはこの目的のもとに右争議に参加したものであるから、右争議行為の目的は労組法一条一項の目的の範囲内に属するもので、正当な争議行為であるというべきである。
(2) 次に、手段の正当性につき検討するに、この点に関する弁護人らの主張の要旨は、前記小田原駅構内における本件紛争の惹起された原因は、(1) 国鉄当局側の国労側に対するスト破り等の挑発行為、(2) 国鉄当局側が労働基準法、日本国有鉄道就業規則等を無視し、運転士稲本勲および同伊豆沢強一に対し時間外労働の違法な業務命令を発し、右両名を八一〇M電車に乗務させた違法行為、(3) 国労側の右両名に対する説得活動を実力をもつて阻止した国鉄当局側の不当行為にある。すなわち、国労側は違法に乗務させられた両運転士に対してその勤務の違法性を説明し、国労の争議行為職場集会に参加するよう説得しようとしたのであるが、国鉄当局側は右両名をして右電車運転室の内部からラツチを掛けさせてこれを不法に監禁したうえ、右運転室出入口付近のホーム上に鉄道公安職員らを配置して逆ピケをはるなどして国労側を挑発し、被告人らを含む国労組合員らの右説得行為を実力をもつて阻止したものである。かかる急迫不正の権利侵害行為に対し、被告人らを含む国労組合員らは右両運転士を右監禁状態から解放させ、説得のうえ右職場集会に参加させるため、やむをえず、右鉄道公安職員らを身体で押しまくり、これらをその位置から排除するとともに、右両運転士を説得した結果、その自由意思により同人らをその監禁状態から解放させたものである。しかして、争議行為として認められているピケツテイングにおいても単なる平和的説得のみによつてはその実効をあげ得ないことは極めて明らかであつて、その実効を期するため、団結による示威、さらに団結の力によつて相手方の行動を一時的に制限することも許されるものであることは多くの学説判例の認めるところであり、ことに、使用者側に違法行為がある場合あるいはスト破り等の挑発行為がある場合のピケツテイングについては権利防衛のため必要最少限度の積極的実力行使も許されるべきであり、このことは本件のような場合にも認めらるべきである。そして、国鉄当局側においては前記のとおり挑発的、違法不当な行為があつたのであるから、これを排除するためにとつた被告人らの右行動は権利防衛のための必要最少限度の積極的実力行使に過ぎず、当然許さるべき程度のものであり、これはまさに正当防衛であり、かつ正当行為である、というにある。
ところで、前掲各証拠によれば、国鉄当局側は本件争議に備え、あらかじめ小田原駐在運輸長加藤清治に対し、国鉄国府津機関区管内の列車および電車の正常な運行業務を確保するために必要な一切の権限を委任し、これを補佐するため、東京鉄道管理局厚生課課長補佐足立章ほか三〇名および鉄道公安職員藤井一郎ほか九名を同運輸長の指揮下に入れ、同運輸長は警備本部長となり、同機関区関係の警備にあたることとなつたが、本件争議に際し、国労組合員らのピケツテイングが小田原駅構内の要所にはられるであろうことを予想し、同駅構内などを立入禁止区域とするとともに、前記電車運転室に乗り込んだ前記稲本、伊豆沢両運転士に命じてその内部から同室出入口などにラツチを掛けさせたうえ、右鉄道公安職員および国鉄当局側職員らを同運転室付近の右ホーム上に配置させたのであるが、これらの措置は、いずれも被告人らを含む国労組合員らおよび支援労組員らが右電車内あるいはその付近に侵入し、右運転士両名を強制的に国労側に連れ出すことなどに備え、右電車内あるいはその付近に混乱を生じて右電車の運行業務を阻害され、その結果右電車の発車が遅延することを防止し、また右電車による旅客運送の安全を確保するためにとられたものであること、しかも前記ラツチは右運転室内部から何時でも自由にかけはずしできる状態になつていたものであるから、右両運転士の意思いかんによつては何時でも自由に右運転室外に退去できる状況にあつたこと、しかし、右運転士両名は本件当時ともに国労組合員であつたが、いずれも真実就労する意思を有し、国鉄当局側に協力して右電車の運行を確保しようとしたものであつて、あえて右ラツチをはずして右運転室外に出るような行為にでなかつたこと、しかるに、被告人らは実力をもつてしても国鉄当局側の電車の運行業務を阻止することを共謀のうえ、判示認定のような行動にでたこと、右の如き国労側の行動を見ていた右両運転士は右電車の運行につき極めて不安な気持ちを抱くに至つていたところ、その発車時刻直前ごろ、被告人矢島は右両運転士を車外に連れ出そうとして前記運転室に入り、右両運転士に対しなんらの説得をなすこともなく、まもなく同所に入つてきた被告人矢島の指揮下にある数名の国労組合員らとともに右両運転士の身体を押して前記運転助手席側出入口に押しやつたこと、しかし、これに対して右両運転士は、いずれも前記のような不安な気持ちから、被告人矢島らに極力抵抗しても結局無駄であると考え、不本意ながらも、被告人矢島あるいは数名の国労組合員らによつて後ろから身体を押されるまま、強いてこれにさからわず、右運転室助手席側出入口から下車し、支援労組員らに両腕をとらえられ、前記旅館に連行されたことが認められ、関係証拠中右認定に反する部分はこれを採用することができない。
しかして、電車の運行が停止されるときはその国民生活に与える影響は極めて大であることは明らかであり、それ故に国鉄当局側は全力をあげて右電車の運行を確保しようとして前記のような措置をとつたものであり、かつ前記両運転士は運転士としての資格を有し、しかもみずからの自由意思に基づき国鉄当局側に協力してその業務命令に従い前記電車の運行をなさんとしたものである。仮りに、右業務命令が弁護人主張のような各法規に違反してなされたものであるとしても、右両運転士による右八一〇M電車の運行業務そのものまでが違法になるものとは解されず、右業務は刑法二三四条にいわゆる「業務」に当るものというを妨げない。右国鉄当局側の措置をもつて挑発的、違法不当ないしは急迫不正の権利侵害行為であると断ずることはできない。そして、被告人らの指揮による前記国労側による鉄道公安職員らに対するデモ、支援労組員らによる右電車の進路前方の線路等への立入り、さらに右運転士両名の排除行為の一連の行為を総体的に考察すると、右所為は弁護人ら主張の見解をとるにしても、権利防衛のための必要にして最少限度の積極的実力行使とは到底認め難く、前記争議行為は手段において正当性があつたものとはいえない。従つて、被告人らの所為が正当防衛ないしは正当行為であるとの弁護人らの主張は採用できない。
なお、弁護人らは、前記稲本、伊豆沢両運転士に対し、外形上ある程度の力が加えられ、これに対し右両運転士がなんらかの抵抗を示したかのような状態にあつたとしても、それはいわゆる偽装抵抗の手段がとられたまでのことであるという。なるほど、国労は昭和三二年ごろから争議に際し、右のような偽装抵抗の戦術を用いたことは前掲各証拠によつて認められるが、本件の場合に具体的に右の偽装抵抗がなされたものであることはこれを認めることができない。
四 以上の次第で弁護人らの主張は、目的の点を除きすべて採用することができず、しかして、被告人らの前記一連の行為は同法二三四条の「威力」に該当するというべきであるから、結局本件については威力業務妨害罪が成立するものと結論せざるを得ないのである。
そこで主文のとおり判決する。
(裁判官 馬場励 青山惟通 松本朝光)